2023.09.08

(その1) 自己紹介

    はじめに

    書き始めに当たり、欄を一任頂いた社のご好意にお礼を述べると共に、期待に沿いたいと思います。

    <コラム>はじめにご挨拶として、先ずは「私の自己紹介」を全6回その1~その6を予定し、毎月1日(初回を除く)投稿にて、始めます。

    私は前社を経歴後、創業平成元年1989年コア・コイル・インダクタ類の製造販売業を営むSHT社に、2011年東日本大震災の年に引き続き前社同技術職を以て、事実上は転社にて仲間に加わり、以来10数年来に亘りインダクタ技術を担当。総計では約50年間と大変長くなりました。

    “愚者は自分の経験に学び、賢者は歴史に学ぶ“とはドイツのビスマルクの格言を分かりやすく拡大解釈したものといわれますが、これに従って一人のインダクタ技術者としてのこの道半世紀に亘る自己紹介を、少し長くて我慢いただくことにはなりますが、歴史となるその時代背景を交えながら記しますので、是非とも歴史を感じながらこの私の経歴とは異なる新たな型を創造して行ってほしいと思います。微力ながら何か少しでも皆様のお役立ちができれば幸いです。

     

    【1970年初頭 時代を取り巻く環境】

    私は戦後の工業力高揚を目指した若手技術者を育成する国策の一環として、1960年代(昭和30年代)中頃から全国に設立された職業高等学校である地方の工業高等学校の電気科を卒業し、大戦後のいわゆる団塊の世代から続いた集団就職の跡形が未だ冷めやらぬ、石油が高騰した1次オイルショックの中を、関西の某大手家電メーカーに技術者の端くれで職に就いた。

    当時は、現在のジョブ型とは真逆のメンバーシップ型の年功序列型しくみにて、実際の仕事を通じた指導をもって知識・技術を身に着けるOJTを中心に業務を広く濃く、また効率良く用意された専門研修教育や、宿泊を伴う集団奉仕活動により社会人たる道徳文化の教養、そして独身寮施設や充実した福祉仕組みとその提供、さらには製造実習や、地方販売店舗へ出向しての顧客実践対応により自律と協調を身に着ける活動を経て、克己醸成しつつ成長へと導かれた。

    右も左も分からない若造である私に仕事を教え、公私共に家族同様に育ててくれた当時の会社経営手法には感謝申し上げたい。現在では失われた30-40年とも、未だ脱却できない周回遅れDX化の因とも指摘されるいわゆる戦後の管制主導型の大企業内に取り込まれた、これら人材育成手法へは賛否・異論・反論あるが、良きにつけ悪しきにつけ高度成長時代には適したと思われ、果たして1970-1980年代の日本経済が高度成長に至ったことは歴史が証明している。